私はいかにして再起したか?過去の挫折と勇敢に立ち上がったあの日をもう一度振り返ってみる

 

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photo credit: Vu Bui via photo pin cc

 

私の愛しいアップルパイへ

 

たまには過去を振り返って決意し直すのも良いものです。

 

今日は今の私の活動の出発点となった”挫折”について、あなたにお伝えします。

 

以前にも、このブログで私の過去の挫折について触れたことがあったかもしれません。しかし今日ほど細部に渡ってスプーンでほじくり返すのは初めての試みでしょう。

 

私はこう見えても繊細な心の持ち主で、今でもこの挫折について考えると足がすくみます。ですから恐ろしくってなかなか話し出せずにいたのです。

 

しかしそろそろ良い頃合でしょう。勇気を出して話してみることにします。

 

今日は何故だか、どうしてもあなたにこの個人的なストーリーを話さなければならないと感じたのです。

 

 

≪誤った”ものさし”≫

 

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photo credit: S@Z via photo pin cc

 

生まれてから1年前までの25年間、私の人生はみごとに倒立していました。出発点をとり違えていたのです。ハシゴをかけ間違えていたのです。

 

成長の中で育まれた”普通の生き方”に囚われ、ただ無意識のうちに常識と模範解答と平均点を追い求めて生きていました。

 

人並み以上の水準で生活すること、定期的な収入を得ること、1人暮らしをすること、車の免許をとること、35年ローンで家を買うこと、まっとうな職につくこと、より高い役職につくこと

 

極端な例を挙げましたが、ほとんどこのような常識と模範解答と平均点が私の頭の大半を占めていました。中庸は中庸でも凡庸という類のものです。

 

私の”ものさし”はいつでも常識と模範解答と平均点でした。

 

私の人生はもっぱら「アメ」と「ムチ」と「忍耐」によって形作られていました。

 

楽しさの追及はとうの昔に捨て置いていました。私はただ”失敗しない”ようにビクビクと生きていました。

 

災いなるかな!涙が出るほど悲しいことに、私の人生は緩やかな右肩下がりだったわけです。

 

 

≪私が眠り始めるまで≫

 

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photo credit: Toni Blay via photo pin cc

 

私が挫折して再起するまでの個人的なストーリーを話し始めることにしましょう。

 

小学生の頃から音楽家になるという夢がありました。なぜ音楽が好きかはさっぱり分かりませんが、とにかく音楽なるものに触れていることが楽しくてたまらなくって、そうあることを心底誇りに思っていました。

 

この夢を頭の片隅に追いやり、常識と模範解答と平均点の名のもとに、高校を卒業して、専門学校を卒業して、システム屋として働き始めたのが今から6年前のことです。この時、私の「人生の倒立」は確実になりました。

 

“音楽家”であろうと欲する私と、”システム屋”であろうと欲する私。この”好きなこと”と”得意なこと”の大いなるジレンマは、私の行動を少しずつ少しずつ鈍らせていったのです。

 

1年前のあの頃、私の細く緩やかな音楽活動はどうにも行き詰ってて、もはやどんな行動も”かの非情なる現実”の前には無意味だとすら感じていました。

 

私はもう明らかに限界でした。いつしか会社に行く以外はほとんど何もできなくなり、“昼寝”がライフワークになりました。

 

 

≪音楽と睡眠の間で揺れ動く≫

 

1年前のあの頃、私の心は”音楽”と”睡眠”の間で揺れ動いていました。今さら1曲作り上げたところで、いったいどれほどの意味があるというのか?そう考えるとどうしても作曲に着手することができませんでした。

 

私はただ”かの非情なる現実”と対峙するのが怖くって、布団の中でガタガタ震えながらこう叫ぶことしかできなかったのです。「時間よ、過ぎ去れ!」と。

 

とにかく眠るために起きていました。起きて食事をしてテレビを見て、眠くなって昼寝する。起きたらまた食事してテレビを見て、眠くなったら寝る。

 

どうしても眠れない時は散歩をしたり、酒を飲んだりして時間を潰していました。とにかく私の願いはたった1つ。「時間よ、過ぎ去れ!」ただそれだけでした。

 

私の足はピタリと止まりました。私はあの時、人生で初めて夢を諦めようと思いました。

 

これが私の挫折です。無気力状態、圧倒的な無気力状態です。

 

 

≪最初のひらめき≫

 

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photo credit: badboy69 via photo pin cc

 

それからというもの、布団に入ってから眠りに落ちるまでの数分間。大いなる葛藤が始まりました。

 

最初のうちはただ恐怖に怯え、睡眠のうちに時間を浪費することしかできませんでした。

 

何日も何日も眠り続けたある日、とあるアイデアが浮かびあがりました。最初はアイデアとすら言えないもので、気づきもしない変化でした。

 

私は眠りに入る直前、ほんの少しだけ冷静になって、今の状況を分析し始めていたのです。そして、今の状況がひどく興味深いものだと思うようになりました。

 

だってそうでしょう。昼寝は無駄だと分かっているのに、動き出せないでいるんです。理由は「音楽が好きだから」です。普通は好きだからこそ行動できるはずなのに。

 

その時は違ったんです。好きなことはできなくて、好きじゃないことならできたんです。矛盾だと感じました。人間はなんて興味深いんだと感じました。そしてまた眠りに入るのです。

 

 

≪ひらめきの拡大≫

 

それから何日も何日も眠り続けていると、この矛盾に対するアイデアは、少しずつ少しずつ、しかし確実に積み上がっていきました。そしていつしか支配的な考えに発展していきました。

 

“好きなことはできなくて、好きじゃないことはできる”。これはどう考えたって間違ってる。好きなことに対して無条件のブレーキがかかってる。私はあまりに常識と模範解答と平均点に囚われ過ぎていたのです。

 

思えばみじめな人生でした。卒業した高校も、卒業した専門学校も、就職した会社ですら、人からの推薦でした。私は自分の人生を進んで他人に”お任せ”していたのです。対して音楽はみごとに引き算されていました。

 

 

≪怒りをもって勇敢に立ち上がる≫

 

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photo credit: Mr. Theklan via photo pin cc

 

ある日、眠り続けてから何か月後のことだったのかは定かではありません。とにかく決定的な日が訪れます。

 

私は布団の中で怒りに燃え、感情的になって自分自身に言い聞かせたのです。

 

「”好きなことはできなくて、好きじゃないことはできる”。そんなのは御免だ。間違ってる。もしそうなら、死んだも同然だ!私は“好きなことだけをやって、好きじゃないことは一切やらない”。そうあるべきだ。そうじゃなきゃ、この世界は間違ってる!」

 

その日、私の心に初めて情熱の炎が灯った時。その炎によって周囲が明るく照らし出されたとき、私は勇敢に立ち上がりました。私は再び甘美なる旋律を奏で始めたのです。

 

私はその日、初めて人生の正しい”ものさし”を手に入れました。25年目にして初めて人生のスタートラインに立ちました。

 

“好きなことだけをやって、好きじゃないことは一切やらない”。それを自分で自由に選択できることを理解したのです。

 

あの日、私を立ち上がらせたのはたった1つの決意でした。それは「自分の人生に責任を取る」という決意でした。

 

私がマンションの一角で人知れず決意したこと、この経験がその後の人生の全てを変えました。

 

 

≪思い出すのは映画のセリフ≫

 

確固たる決意を持って立ち上がって以来、定期的に思い出すセリフがあります。布団の中で恐怖に震えていた頃、眠るまでの暇つぶしとして見ていた映画の中のセリフです。

 

そこで主人公の牧師が、命がけの試練を前にしてこう叫ぶのです。思えば、私はずっとこうなりたかったのかも知れません。力強い言葉です。

 

「神よ、どうか御救い下さいだなんて言いません!神よ、どうか私の邪魔だけはしないで下さい!!」

 

貴下の従順なる下僕 松崎より

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